対談・講演

中小企業金融における会計と税理士の新たな役割

第44回TKC全国役員大会「会長講演」より

 とき:平成29年7月13日(木) ところ:サンポートホール高松

職業会計人の先頭集団であるために

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 1月の政策発表会以来、私は、職業会計人は会計帳簿を基軸として①税務、②会計、③保証、④経営助言──の「四つの分野の専門家」という社会的な役割を発揮すべきだと強調してきました。これまでは、それら四つの固有業務において具体的に何をすればよいかといったお話を中心にお伝えしてきましたが、今回は「中小企業金融における会計と税理士の新たな役割」というテーマのもと、「現代の業務への適応・新しい業務の開始」に重点を置いて、新たな視点を加えたお話を理論的・具体的に皆さまにお伝えします。

 人間は保守的な思考が働きますから、「また新しいことを始めるのか」と、いささか抵抗感を抱かれる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、われわれは時代の変化に対応していかなければ勝ち残れないのです。変革に伴う痛みは覚悟の上で、われわれTKC全国会は職業会計人の先頭集団であるという意識を強く持って突破していきましょう。

二つのアプローチから中小企業金融を考える

 それでは、まずは中小企業金融をどう考えるか、その思考のあり方(フレームワーク)から考えてみましょう。

 ものを考えるとき、一般には二つのアプローチが存在します。一つは機械論的アプローチ、もう一つは機能論的アプローチです。

 機械論的アプローチとは、対象を解析的に分析し、解析された部分の性質を明らかにするとともに、その部分を全部集めて再構成する方法をいいます。1台の車を分解してバラバラにしていくと小さな部品になりますが、それらの部品が何の機能を持つかを改めて認識しながら再度組み立て直していく様子をイメージすると分かりやすいでしょう。

 中小企業金融の場面でいえば、中小企業金融を健全化するための個別要素として税務、会計、保証(書面添付)や経営助言といった業務があり、それらを徹底的に磨く。そして、それら個別要素の業務を再構成して中小企業金融にどう活かしていくかを考える──ということになります。いわば現場を重視し、ボトムアップで中小企業支援に向けた取り組みを考えていくということです。

 機械論的アプローチは、このように精緻な技術論を組み立てるのに適しているのですが、一方で、全一体の機能についての説明が不十分になりがちという欠点があります。つまり個々のこと、例えば書面添付が中小企業支援に結果としてどう関係しているのか、ということを説明・理解するのが難しくなるということです。それゆえ「書面添付は税務申告書の信頼性を保証するものであって、決算書までは含まない」とか、「税理士は税務の専門家であって、中小企業金融とは関係がない」といった発想にとらわれてしまう懸念もあります。

 そして、もう一つの機能論的アプローチとは、思考対象が一定の目的を持って全一体として機能していると見て、その機能の面から対象の創造的発展を解明する方法です。機能の面から対象の創造的発展を解明することに適しているという利点がある一方、全一体を構成する部分についての技術的な説明には適していないという欠点があります。

 中小企業金融に当てはめれば、金融庁が公表する『金融行政方針』はこの機能論的アプローチに立っているといえます。

 例えば、金融庁公表の平成28事務年度「金融行政方針」には、金融行政方針公表の目的として「金融行政が何を目指すかを明確にするとともに、その実現に向け、いかなる方針で金融行政を行っていくかについて(略)とりまとめたものである」とあります。

 ところが、この金融行政方針に従って、具体的に自分たちは何をすべきなのかを理解している現場(金融機関職員や会計事務所、あるいは企業)の方々はどれくらいいるでしょうか。「金融庁の方針は分かったけれど、何をすればいいの」という状態に陥っている方のほうが多いのではないでしょうか?

 つまり、機能論的アプローチは非常に大事で、総論としてその方針は理解できるが、何をすべきかが現場の隅々まで行き届かない状態になりがちであるといえます。したがって、ボトムアップによる機械論的アプローチから考察していくことも重要なのです。

「情報の非対称性」を解消・軽減せよ

スライド1

スライド1

 この機械論的アプローチに立って中小企業金融を考えたとき、中小企業金融の健全化のために欠かせない要素として、①融資(貸出)、②決算書の信頼性、③経営改善──の3要素が挙げられます。

 そしてその3要素を構成する個別要素は何かと考えてさらに分解していくと、会計や財務管理(税務管理を含む)、税理士、認定支援機関などの固有の目的を持った個別要素に分けられます。そして、それらの個別要素を「中小企業金融の健全化」という目的のもとで再構成してみますと、スライド1の図のように表すことができます。

 この図のポイントは、「会計」「財務」を主軸として、「融資」「決算書の信頼性」「経営改善」の三つにブリッジをかけてリンクさせていることです。

 例えば、正しい「会計」に基づく「決算書の信頼性」がなければ、「融資」も「経営改善」もままならない。また、「会計」をおろそかにした「経営改善」はあり得ないし、「経営改善」を怠っていれば、おのずと「融資」を受けることは難しくなります。あるいは、効果的な「経営改善」を行うには、「信頼性ある決算書」から策定される経営改善計画と、それに基づくモニタリングが必要不可欠な個別要素ということになります。

 ここで、「融資」と「決算書の信頼性」のブリッジをご覧ください。「情報の非対称性」という言葉がありますね。「情報の非対称性」とは、G・A・アカロフというカリフォルニア大学バークレー校の教授が1970年に発表した論文「〝レモン〟市場:品質の不確実性とマーケット・メカニズム」で発表された概念です。

 平たく言えば、経済市場においては、売り手と買い手の間には専門知識や情報に大きな格差があり、情報の不均衡(=情報の非対称性)が常に存在している。そして、その「情報の非対称性」は、結果的に売り手・買い手の双方に不利益をもたらす──という考えです。この論文により、彼は2001年にノーベル経済学賞を受賞しました。

 この理論を中小企業金融に当てはめれば、融資の現場において、貸し手(金融機関)と借り手(企業)との間には常に情報の格差があり、貸し手(金融機関)は借り手(企業)についての情報をそれほど多く得られておらず、決算書の信頼性まで疑念がもたれている。それによって金融機関側では適切な融資判断ができず、また企業も円滑な資金調達がかなわない──という状況が説明できます。まさに「情報の非対称性」が、中小企業金融に不利益をもたらしているといえるのです。

「情報の非対称性」を所与のものとした金融行政

 実は、わが国の中小企業金融を眺めてみると、この「情報の非対称性」が十数年来の問題となっているのです。例えば、2005年公表の「中小企業白書」(中小企業庁)を見てみましょう。

「大企業に比べ中小企業が資金調達をする際に困難を生ずる大きな原因として、貸手が借り手の質や、借りた後の行動を正確にモニタリングすることが難しいため、貸手と借り手の間に生じる『情報の非対称性』が指摘されており、中小企業が円滑に資金調達を行うためにはこの『情報の非対称性』を緩和することが必要不可欠である。(略)不動産担保だけでは『情報の非対称性』によるリスクがカバーしきれなくなっている状況下では、不動産担保以外の手段により『情報の非対称性』の緩和をすることが金融機関等に求められている。」

 まさに、円滑な中小企業金融のためには「情報の非対称性」の緩和が欠かせないと指摘されていますね。

 ところが、その後どのような金融行政が行われてきたのかといえば、「情報の非対称性」は所与のものである、致し方ない──という位置づけとなってしまいました。そして2003年以降の「リレーションシップバンキング(リレバン)」や、2015年に公表された平成27事務年度「金融行政方針」で追加された「事業性評価」などが掲げられ、地域金融機関はその推進に邁進せざるを得ないという状況が続いています。

 本来であれば、「情報の非対称性」そのものをもっと問題視して、その解消・軽減に努めるべきだったのではないかという疑問を、個人的には抱いています。

正しい会計が「情報の非対称性」を解消する

 ここで皆さま方に声を大にして申し上げたいのは、「情報の非対称性」を解消・軽減できる手段は、会計であるということです。

スライド2

スライド2

 例えば、公認会計士監査は、大企業・証券市場における「情報の非対称性」の解消をその目的としている──というのが一般論となっています。中小企業も同じことなのに、金融行政が会計ではなく「企業の実態把握」の名のもとにリレバン推進・事業性評価を重視した政策へと舵を切ってしまったことは、私には会計を軽視しているのではないかと思えてなりません。

 第3代TKC全国会会長を務められた武田隆二先生は、会計の果たす役割について、「財務諸表とは、企業の実態を数値で表現した一覧表であって、現にある企業の実像を『数と数との関係』として描き出したものである」と指摘されています(スライド2)。

 経済取引は森羅万象であり、しかも目に見えません。その取引実態を数字に置き換えたのが会計である、ということです。ということは、金融行政が目指していた「企業の実態把握」こそ、会計の役目であるといえるはずです。

 さらに言えば、わが国商法の母法ともいえるドイツ商法(HGB)第238条第1項には、記帳義務が明確にうたわれています。この中で注目いただきたいのは、「簿記は、それが専門的知識を有する第三者に対して、相当なる期間内に、取引および企業の状況に関する全容を伝達しうるような性質のものでなければならない」と記されていること。ここでも、企業の実態を知りたければ会計を見ればいい──ということが分かる書きぶりになっています。

 さらに、わが国の企業会計原則(一般原則)および中小会計要領には、次のような記述があります。

第1原則 真実性の原則
 企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければならない。

第4原則 明瞭性の原則
 企業会計は、財務諸表によって、利害関係者に対し必要な会計事実を明瞭に表示し、企業の状況に関する判断を誤らせないようにしなければならない。

 中小企業の主な利害関係者は金融機関であることは皆さまもご承知の通りです。とすれば、中小企業会計の原則とは、中小企業が自社の真実の財政状況および経営成績を金融機関に明瞭に報告し、金融機関の判断を誤らせないようにすることである──といえます。

 ところが、これまで中小企業と金融機関の間には「情報の非対称性」が存在し、そのためにやむなく金融機関は誤った融資判断をすることがあり、その結果、中小企業が資金繰りに苦しむということが少なからずありました。であれば、金融機関も中小企業も、そして私たち職業会計人も、これらの会計の原則にきちんと目を向けていれば、「情報の非対称性」の解消・軽減がもっと早くできていたとはいえないでしょうか。

 例えば、日本と同じ税理士制度を有するドイツを見てみますと、日本の銀行法・信用金庫法にあたる信用制度法第18条において、一定額以上の無担保融資に関しては、「税理士または経済監査士等による決算書作成証明書(ベシャイニグング)」あるいは「経済監査士等による監査証明書」の添付が義務付けられています。ドイツの誇るべき中小企業金融の規律の健全さの秘訣は、まさにここにあるといえましょう。

自主的に情報を開示する「シグナリング」が有効

 しかし、残念ながらわが日本では、ドイツのような仕組みがまだ整っておりません。とすればどうするかを考えてみたいのですが、会計が「情報の非対称性」を解消・軽減する手段であることはすでに確認してきました。この会計に加えて、有効な手段だと思われるのは「シグナリング」です。

 シグナリングとは経済学の用語で、情報優位者が自身の私的情報を、間接的および直接的に情報劣位者に対して自主的に提示し、情報の格差を縮小させることをいいます。

 これまで見てきたように、中小企業金融においては、情報優位者が企業、私的情報が自社の経営状況、そして情報劣位者が金融機関に当てはまります。そして、企業が金融機関に対して、「うちはTKC会員の税理士に見てもらっています。中小会計要領に準拠し、月次決算を行い、書面添付を実践してもらっています。日々の記帳においては、遡及訂正処理の履歴が記録されるTKCシステムを使っています」と、自ら進んでシグナルを出すことです。そうして金融機関が納得して、有利な融資条件が実行される──というのが理想ではありませんか。

TKC会員には「シグナリング」の環境がすでに整っている

スライド3

スライド3

 皆さん、TKCモニタリング情報サービスは、まさにこのシグナリングを活用した画期的なシステムなんです(スライド3)。そして、ここが実は重要な点なのですが、誰でもシグナルが出せるわけではない、ということです。

 シグナリングを行うには、その前提として必ず何らかの努力と成果、そしてコストをかけることが求められるのですが、振り返ってみれば、第1ステージの3年間、われわれは事務所総合力を強化してきたわけです。お客さまに「TKCの税理士は厳しいな」と言われながらもTKC方式の自計化、書面添付、経営計画策定、中小会計要領への準拠などに地道に取り組んできました。

 論より証拠、実証数値を確認してみましょう。国税庁の統計によれば、2015年度の申告法人数に占める黒字申告割合は32.1%でした。ほぼ同様の基準で、われわれTKC会員が関与している法人の黒字申告割合は50.7%に上ります。さらに、TKCシステムで自計化し、書面添付実践・経営計画策定という3条件がそろった法人の黒字申告割合は、57.3%。2016年度では、その数字は58.1%に上昇しているのです。つまり、堂々とシグナリングができる環境が、われわれTKC会員にはすでに整っているということなんです。

 いまこそわれわれTKC会員の成果を、金融機関に知ってもらわなくてはいけません。そこでTKCモニタリング情報サービスによって、書面添付、中小会計要領チェックリスト、記帳適時性証明書などの「私的情報」を、関与先企業の同意を得て、決算書と同時にデータで金融機関へ送付するべきです。これらの情報は、つまるところ職業会計人の四つの専門分野(税務・会計・保証・経営助言)の具体的実践を示したものであるともいえます。これには圧倒的な量が必要です。金融機関に積極的にシグナルを出して、振り返ってもらいましょう。

 なかでも「月次試算表提供サービス」を推進できる事務所は、発生主義のデータをタイムリーに送れるわけですから、「この企業と会計事務所はレベルが高い」という評価に結び付けやすくなるはずです。そうなれば、必然的にお客さまへの金融機関の評価も高まっていくことでしょう。ですから、これまで地道に頑張ってきた企業と会計事務所は、TKCモニタリング情報サービスを活用して、どんどん金融機関へシグナルを送るべきなのです。

早期経営改善計画策定支援を追い風に

 そして、スライド1の図にあったもう一つの要素、中小企業金融における「経営改善」は、まさに認定支援機関による経営改善計画策定支援事業にほかなりません。

 これまでわれわれは、7000プロジェクトで腕を磨いてきましたね。7000プロジェクトは金融支援まで含むので難しかった部分もありますが、今年5月から新設された早期経営改善計画策定支援は、B/SではなくP/Lの世界、つまり金融支援のいらない管理会計の分野です。これは継続MASによる利益計画策定のことですから、われわれTKC会員にとっては非常に強い追い風が吹いているということになります。

 ぜひ全関与先への標準業務として取り組み、大量の実践件数を挙げる大運動を展開しましょう。

講演風景

いまこそ中小会計要領の普及・活用を!

 このとき、認定支援機関たるわれわれが重視しなくてはならないのは、やはり中小会計要領です。中小会計要領については、総務省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省から「告示」が出ていますね。認定支援機関の役割について端的に書かれていますのでご紹介します。

「認定経営革新等支援機関は、中小企業に会計の定着を図り、会計の活用を通じた経営力の向上を図ることに加え、中小企業が作成する計算書類等の信頼性を確保して、資金調達力の向上を促進させることが、中小企業の財務経営力の強化に資すると判断する場合には、中小企業者に対し、『中小企業の会計に関する基本要領』又は『中小企業の会計に関する指針』に拠った信頼性のある計算書類等の作成及び活用を推奨すること」。

 つまり、われわれ認定支援機関は、中小会計要領を活用して中小企業を強くする責務を負っているということです。『TKC会報』平成29年1月号で飯塚真玄TKC名誉会長が「中小会計要領の大合唱から始めましょう」と提言されたとおり、われわれTKC会員は、まず中小会計要領の普及と活用という一大運動を始めましょう。

 わが日本は、世界に誇るべき記帳文化を持っています。消費税(付加価値税)を帳簿方式で運用できている国は、世界広しといえど日本以外にありません。しかし、その帳簿が経営に活用されていないところに私は強い問題意識を抱いています。帳簿を経営や中小企業融資に用いればコストは1円もかからずに企業の経営力を向上できるはず。いまこそ中小会計要領の普及と活用を、認定支援機関である金融機関にもお願いしたいのです。

 全国1万1千名のTKC会員の皆さん。「会計で会社を強くする」という考え方に基づいて日本の中小企業を支援し、中小企業の経営の健全化、金融機関と中小企業の間の信頼関係の向上、中小企業の事業承継、地方の雇用の維持・創出に貢献しましょう。そして中小企業金融の担い手として、圧倒的な存在感を発揮しましょう!

(会報『TKC』平成29年9月号より転載)